あれから6年後。 私たちは無事に大学を卒業した。大学生活は高校よりもずいぶん楽だった。 医学部だから、それなりにレポートや課題は多かったし、難しい勉強もあった。 それでも、体育の授業がないし、単位が足りていれば進級は出来た。 高校より、友達付き合いは薄くなったが、東がいればどうでもよかった。 コンパに誘われることもあった。一回も行ったことは無い。彼氏も出来なかった。 卒業してからは2人別々に勉強し、医師免許を取った。 東は外科医、私は薬剤師になった。配属された病院は別だったが、定期的に連絡は取った。 彼のほうは失敗することなく、日々を順調に歩んでいる。互いに愚痴を聞き合うこともあった。 私たちは自分の仕事に誇りを持っていた。 「じゃあ、おばあちゃん、これを毎日食後に飲んでね。」 「はい、はい。どうもありがとうね。」 耳の遠い彼女に、少し大きめの声で話してやる。ちゃんと伝わっているようだ。 最初は、こんなこと分からなくてだいぶ手間取った。 ここに勤めて1年。仕事もちゃんと覚えた。パソコンにデータ入力するのはまだ苦手だが。 老婆の背中を見送って、名簿に目を落とす。 一つ息を吐いて、次の名前を呼ぶ。30代の女性が席を立つ。その隣には、予防注射だったのか、左の腕を押さえた涙目の少年がいた。 そういえばさっき、3番の診察室から泣き叫ぶ声が聞こえた気が。心なしかお母さんもげんなりしている。 「では、お母さんはこの薬を3日に一度。」 「はい。分かりました。」 母親に一通り薬の説明をして、少年のほうに向き直る。受付横の、飴がたくさん入った箱を差し出す。 少年はきょとんとする。私はできるだけ笑顔で、ゆっくりやわらかな声を出す。 「僕は、注射頑張ったね。どれでも好きなの選んで。」 「え、いいの?」 うん、という返事も聞かず、少年は右手を箱へ突っ込んだ。左腕は相当痛いらしい。 すみません、と母親が頭を下げる。いえいえ、と笑う。 ごそごそやって、やっと緑色の飴を取り出す。メロン味かあ。 嬉しそうに、さっそく開けようと包みに手をかける。それを、母親が止めた。 「ちゃんと、ありがとうって言いなさい。」 「うん、ありがとー、お姉ちゃん!」 「どういたしまして。」 私はこの時間が好きだったりする。お昼ごはんの時間の次くらいに。 それでもやっぱり、相手の笑顔が見れると嬉しくなるのだ。ああこの仕事やっててよかった、なんて。 思ったりもするわけだ。 お昼いいよ、と先輩に言われて、休憩室に行った。そこで携帯が光っていることに気が付いた。 東からだ。かこ。メール1件と、着信が2件。どうしたのだろうか。 こんなことは今までなかった。メールを開いてみる。 ”仕事つらい” その一言はたくさんしゃべった。聞きたくないようなことまで。 心臓が痛くて、瞬きができない。懇親の力でキーを押して、めいっぱい喚いてやった。 ”私は今日とってもいい事あったけどね。” 絵文字もない一文。励ましの言葉なんて要らない。東ならきっと分かってくれる。 私の本当の言葉。携帯が光る。 ”そうかよ” ”やめんの?” ”やめないよ” うまく伝わった。すごく安心した。一緒に追いかけた夢が、急に独りでになるのはとても心細い。 東は目標だ。目標の彼がいなくなったら、私は何に対して頑張ればいいのか。 東がいたからこの仕事に就けたのだ。また、2人で頑張れる。 そう思って携帯を閉じた。 私はまだ君のようには飛べていないけど、飛んでいるうちは絶対に落ちないから。 上へ、君を目指して飛ぶ。君が飛ぶのをやめても、一緒に引っ張って行けるような力を持って。 私は今日、67人の人を救った。 彼は今日、84人の命を救った。 明日も変わらず地球は回るでしょう。 地球を回す仕事。 [次n→] [ページ選択] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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