novel

弾丸



「消したいのは、俺自身なんだよ。」

薄青いこの部屋。まるで海の中のよう。何も聞こえない。ただ自分の血が脈打つのが聞こえる。
これから行おうとしている行動は、それを終わらせるもの。薄暗い中、ぼんやりと影を落とす人物。
今日何度やったか分からない行動。飽きもせず目をしっかりと開いて、北山さんの目を見つめる。
北山さんはまっすぐ僕の手元を見ていた。強い視線。この手元を狂わせてはいけない。絶対に。
分かっているのに、それでも手が震えた。弾丸を握る指先に力を込める。

ふ、とあの時のことを思い出した。何年前の誘拐事件。横たわる子供。情けなく手を挙げ、許しを請う下劣な男。
その男の吐き出す言葉一つ一つに殺意が沸いた。頭に血が上る。
こんなゴミ、この世にいる価値などない。反省などしない。殺してやる。殺してやる。
ころしてやる。

そこまで思い出し、は、と意識の浮上。冷たい汗が首裏を伝って、その気持ち悪さに鳥肌が立った。
また、僕は人を殺すのか。あの時とは違う。自分は今冷静で、相手は親のように慕った人。
視線がゆっくりと、少し磨り減った靴の先に落ちる。つられるように、重力に従いぐらりと両腕が下がる。
捨てきれないトラウマに絡めとられ、腕が動かない。やはり、僕には。

「宇佐見」

「北山さん・・・」

「言っただろう。いかなるときも感情を殺せ、と。」

「しかし、」

「宇佐見、これは命令だ。」

「!」

その言葉に慣れ親しんだこの体は、残酷にも反応を示した。
もう一度、先ほどの位置へ腕を持ち上げる。重さなど感じない。見据えた先の北山さんの輪郭が揺らいだ。
瞬きを2,3度すれば、元の鮮明な視界になる。目を細める。失敗は許されない。感情を殺せ。これは、命令。
歯を食いしばる。手が、動かない。行き場のない指先の力が、引っ張るゴムをぎりぎりと鳴かせる。
まだ覚悟の決まらない自分に嫌気が差す。これは命令。命令。いかなるときも、感情を殺せ。
頭では分かっている。体が分かっていない。自分が情けない。でも、

「宇佐見っ!!」

貫くようなその一言に頭が真っ白になった。
弾かれるように目と腕に力を込め、引き金となる指先を逃げるように、離す。
音もなく弾丸は北山さんの眼球を打ち抜く。驚愕の顔をしたまま、北山さんの腕がぶらんと落ちて、しばらく。
そのうちゆっくりと振りが小さくなり、静止。その時間が永遠のように感じられた。
皮肉にも、その行為は完璧だった。目が痛い。
はあ、と長い間溜めていた息を吐き出す。驚くほど冷たい息だった。

ゆっくりと、目から血涙を流す北山さんに近付き、触れる。目を閉じた北山さんを見る。
人を殺すというのはこんなにも震えが止まらないものだっただろうか。
それでも、僕は何も考えず証拠の隠滅に勤しんでいた。

部屋を出るときにもう一度北山さんを見た。警察と対立する憎き、MRI。親のように慕った上司。
場所と人物の不釣合いさに、また足元がぐらつく。それが狙いだとしても。貴方は、本当に、

「本当に、ひどい父親でした。」

僕は、最後の命令を遂行する。


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