novel

Christmas Morgue

あれから3年後のこと。




左手に今日も少し寒さで固くなった体温を感じながら、2人は3度目の冬を迎えていた。
足裏に響く板の音を聞いて、いつもの桟橋へと向かう。
この真っ暗な視界も、この道には慣れてしまっていた。同じ歩幅で、同じ数だけ。
2人の間に言葉はなかった。秘密の話。話したいことは全て話した。
不思議と退屈に思うことはなかった。きっとこの体温が全部を伝えている、なんてありふれた姿を想像してしまう。

「あと1週間だね。」

「?」

「クリスマスだよ。」

左手が窮屈そうに鳴く。体がほわりと温かくなる。なんだか彼の笑顔が見れた気がした。

「今日は、先に教会に行かないか?」

「・・・うん。」

からり、と胸元の十字を揺らして、足の向きを少しだけ変える。
少し歩けば足裏には板の音は聞こえなくて、タイルの冷たさだけ。周りの雑踏に何も聞こえなくなった。

冷たい結花に膝をつけ、胸の前辺りで手を組む。神などいないのだとどこかでは思っている。しかし藁に縋るよりはいい。
だから2人は祈るのだ。少しでも永く、いつまでも短く。
そして今日も私は目を閉じる。

けほ、と隣で空気が震えるのに意識の奥底から目覚める。どれくらい経ったのだろうか。
伸ばした手を握られ、お互いに凍った手をしているのに気が付いた。

「行こうか。」

頷いて、重たい扉から抜け出す。何人かの子供たちが楽しそうに2人の横をすり抜けて行った。
雪に足跡がいっぱいついてるよ、楽しそうに彼は言う。へこんだそこに足を沈める。突き刺すような冷たさが足を包む。
左手だけが温かい。
2人の歩調は至極ゆっくりとしたものだった。2人の幸せのためには。

きい、木が軋む。左手は握ったまま、桟橋に腰を下ろす。
下のほうで、何かが跳ねた。足に、水滴がかかる。ぶん、と一振りして、少しの間、そのまま。
そのうち、空気の抵抗にあって足は元の位置へ戻っていく。

「アリス。」

「何?」

「いまに見なよ、アネモネが咲くから。」

「・・・そう、」

なぜ嘘を吐いたのかは分からない。こんな早くにアネモネなど咲かないのに。
それに、私に「見る」なんて。忘れたわけでもないのに。
それでも理由が聞けなかったのは、彼はなんだか世界の全てに絶望しているように思えたから。
ふわりと右手に感じた感触は2人の体温を奪って消えていった。ああ、美しい。

それから1週間。
あの雪は本当に、彼の体温を全部、持ち去っていった。
朝目覚めてみれば、いつもは私より先に起きてもうそこにいないはずの彼がそこにいた。
今思えばその毛布の中はひどく冷たかった。
軽く、肩をゆする。起きない。ゆする。起きない。起きない。目は、開かない。
もう、二度と、?
本当は、肩を触ったときから気付いていた。それはもうヒトの温かさなどではなかった。あの日の左手の方が暖かい。
悲しかった。でも涙はでなかった。私は、どこかで悟っていたのかもしれない。
それに、もう既に頑迷に決めてあったのかもしれない。

初めて歩く道のような気がする。いつもの体温がない。体が凍る。それでも、足を止めることはなかった。
いつかの日のように、子供たちが私の隣を走っていく。少しだけ顔を上げて手を握る。
そのまま、あの桟橋に向かう。
変わらない木の感触を足に乗せて、歩みを止める。小さく呟く。これが祈りを蹂躙しようとも。

「アネモネは、見れそうにないわ。」

それからのことは、よく覚えていない。




何処へ行こう?

「・・・何処へでもいけるでしょう。」

悲しいかい?

「悲しくなんかないわ。」

じゃあ、もうアネモネが咲くよ。

「・・・ありがとう。」

あの日言えなかった言葉を、涙を浮かべる君にそっと伝えて、僕達は歩き始めた。



Christmas Morgue





もしも、2人が、ありふれた姿だったなら。
もしも、2人が、出会っていなかったなら。




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