Chapter 5 出航、と野太い声が響く。どこかの乗組員だろうか。見送る人が声を上げる。さよなら、元気でやれよ、またね。 それぞれの別れの言葉。中には涙を流す人も。これでまた、この地に残る人の数が減った。寂しいような。 この風景を見るのはもう何回目だろうか。その様子は、何年経っても変わることはない。ただ確実にこの世界から人間は減っている。 おじいちゃんが失踪してから、MTと習慣のようにこの港に来ている。僕には、生まれたときからおじいちゃんしか家族がいない。 いや、おそらく記憶がないだけなのだけど。でもひとつだけ、おじいちゃんじゃない思い出がある。 僕がやっと歩き始めたって頃、一度だけ、この港で「魚」を見たのを覚えている。その時は誰かに手を引かれて、初めて「魚」を見た、ただそれだけ。 それしか、思い出せない。手を引いたのは誰だったとか、その手の感触とか。今となっては、もう思い出す必要もないかもしれない。最近は、そう思う。 やがて「魚」がゆっくりと海面から離れる。・・・この「魚」は本当にどういう仕組みで浮くのだろうか。 それを知るのは、僕のおじいちゃんだけだ。 「魚」が出航した後は、朝から漁に行っていた漁船が帰ってくる。漁に行ったって大して魚などとれないのに。 そのため、もうしばらくすると、ここは人で溢れ返る。買い物に来る人もいる。ところで僕はあまり人ごみが好きじゃない。あと眠いから早く家に帰りたい。 だから僕はここから一刻も早く離れたい。それを伝えようと、MTの袖を引っ張る。彼がこちらを振り返り、鮮やかな菜の花色をした髪が目に入る。 と、同時に視界の上の方。海面から20m程離れた地点の「魚」。そこから飛び出す見たことのある虹色。僕は、彼女を知っている。 「おい、誰か落ちてくるぞ!」 どこかの男の人が指をさす。ざわり、先ほどよりも一層周りが騒がしくなる。隣の女の人は口元に手を当てて呆然とその様子を見ている。 この港は普通にコンクリートでできている。下手をしなくても、死ぬ。 死、という文字が浮かび上がった。僕の前で、人が死ぬ。そう思った途端、体が前へ傾いた。敷き詰まっている人々の間に割り込んで、前へ。前へ。 後ろの方でMTが僕の名前を叫んでいた。でももう何も聞いてられない。 虹色は確実に重力に従って下へ向かっている。間に合うか。小さく舌打ちして地面を蹴る。倒れこむと同時に背中に衝撃。 ぐ、と口から声が漏れそうになるのを堪える。ほら、失礼だしね。 たっぷり3秒、周りから歓声が上がる。その声を聞く限り、上の彼女は無事なようだ。安心して息を吐くと、もぞり、背中からの圧迫感がなくなる。 「あ、・・君大丈夫、」 「あなたがスペリオル・D・モサ?」 「え?」 スペリオル・D・モサ。僕のフルネーム。スペリオル、なんて長いから誰も呼ばない。馴染みのないその響きに少し違和感を覚えた。 違うの?、とでも言いたげに白藍は僕の目を睨んでいる。気圧されそうになり、なんとか肯定しようと口を開けた。 「モサ!大丈夫、そうだな」 「MT・・・」 振り返るとちょっと息を切らしたMTが仁王立ちでいる。なんか顔が怒ってる? するとMTが堰を切ったように話し出す。いきなり走り出すな、とか心配させんな、とか。お説教は嫌いだけど、MTが僕を心配してくれたことはよく伝わってきた。 MTの言葉を聞き流していると、後ろの方で、人が動く気配がした。彼女が服の砂埃を払って、立ち上がる。 よく見れば彼女は自分と同じようなマントを着込んでいる。それの下からのぞくロングスカートは明るい淡香の色をしていた。 「あなたがモサって言うのはわかったわ。」 「なあ、モサ。この子誰だ?知り合い?」 「いや、僕も・・・」 「私はルピ。よろしくね、モサ、MT」 そう言って、彼女は笑った。 [先頭ページを開く] [指定ページを開く] w友達に教えるw [編集] 無料ホームページ作成は@peps! |